熊本県菊池郡大津町から、巨人の未来を担う男が誕生しました。
その名も「ハギオ」こと萩尾匡也選手!
高校では”九州最強スラッガー”の異名をとり、慶應義塾大学では三冠王を達成。
さらに、家族に支えられた温かいエピソードまで、彼の魅力を徹底深掘りします!
今回は、【萩尾匡也 高校 大学成績 実家】をキーワードに、わたしなりに熱烈な愛を込めてご紹介!ファン必見の記事になっていますので、最後までぜひご覧ください!
萩尾匡也の高校時代|文徳高校で磨いた才能
萩尾匡也選手は熊本県の名門、文徳高校に進学。
1年生春から早くもベンチ入りし、夏には堂々の4番打者!入学直後の紅白戦ではホームランを連発し、一気に注目を集めました。
2年夏には、あの村上宗隆選手率いる九州学院と激突。
惜しくも敗れたものの、試合の厳しさを学び、大きな成長を遂げます。
3年生時には「九州最強スラッガー」と呼ばれるまでに進化。
高校通算46本塁打という驚異的な記録を残しました。惜しくも甲子園出場は逃しましたが、県大会では2度の優勝を経験し、熊本球界のスターとして名を馳せました。
また、彼のすごいところは野球だけではありません。
なんと学業成績もオール5!済々黌高校進学も検討するほどの秀才だったのです。
この二刀流ぶりには「ハギオすごすぎ!」とファンからも絶賛の声が。
もう高校時代から伝説!文武両道、才能の塊とはこのこと…。
正直、甲子園に出たら一躍全国区になってたはずだけど、それでもここまで来た萩尾くん、やっぱりスターになる器だったんですね。
ハギオ推し、熱量爆上がりです!!
慶應義塾大学での大躍進|三冠王までの道のり
文徳高校卒業後、名門・慶應義塾大学に進学したハギオ選手。
1年春の新人戦から4番DHとして出場、早くも注目を集めました。
2年生春からリーグ戦デビューを果たし、初打席初ホームランという劇的なスタート!さすが「期待の大型ルーキー」!
3年春にはレギュラーを勝ち取るものの、スランプに苦しむ時期も。
そんな時、寮で同部屋だった先輩からの「もっと楽しめ」という一言に救われ、「笑門来福」を座右の銘に。
そこからハギオ選手は覚醒しました。
4年春には本塁打と打点の二冠、4年秋には打率.400、4本塁打、17打点で堂々の三冠王を達成!東京六大学で戦後16人目という偉業です。
通算成績も打率.333、10本塁打、41打点と、文句なしの実績。
萩尾選手って、ただ技術が高いだけじゃなくて”心の強さ”も半端ない!
苦しい時期を乗り越えて笑顔で爆発できたからこそ、三冠王になれたんですよね。
『笑門来福』ってまさに彼の人生そのもの。尊すぎる…!!
家族と実家エピソード|強さの裏にあった温かい支え
萩尾匡也選手を育んだのは、熊本県大津町の温かい家庭環境でした。
4人きょうだいの末っ子として生まれ、8歳上のお兄さんに影響されてスポーツの道へ。
父・秀二さんはゴルフ場の設計士であり、萩尾選手にもゴルフの楽しさを教えました。
母・朱美さんはとても厳しくも愛情深い存在。
熊本地震の際も、実家から片道40〜50分かけて毎日食事を届け続けたそうです。
「帰宅チャイムで即帰宅」というルールもあり、萩尾少年のしっかりとした生活習慣はここから育まれました。
両親は熱烈な巨人ファン。
息子が巨人に指名された瞬間、誰よりも喜んだのはご両親だったといいます。
もう泣ける…。
ハギオ選手の笑顔の裏には、こんなにも温かくて、強い家族の支えがあったんですね。
特にお母さんの愛情エピソードは胸アツ…。
プロで活躍するたびに、ご両親の想いが伝わってきます!
プロ入り後の活躍と未来|笑顔を武器にジャイアンツの星へ
2022年ドラフトで読売ジャイアンツから2位指名を受けたハギオ選手。
契約金7500万円、年俸1200万円、背番号「12」。
期待の高さがうかがえます!
2023年5月28日には念願の一軍初出場。
そして、2024年4月には中日ドラゴンズ戦でプロ第1号ホームランを記録!ハートポーズもばっちり決めて、ファンを沸かせました。
「ハギオスマイル」がどんどんプロの舞台でも輝き始め、今後のさらなる飛躍が本当に楽しみです!
チームの勝利を第一に考えるその姿勢も、「さすが萩尾!」と絶賛されています。
いやー、これから絶対に巨人を代表するスターになるって確信しました!!
ハギオ選手の笑顔はみんなに希望を与えてくれるパワーがある。
これからも全力で応援します!!いけー!ハギオーーー!
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